元祖カリカリ梅〜誕生ストーリー〜

キッカケは窮地から。突然の梅不作。

昭和44年の群馬の梅大不作がキッカケ

カリカリ梅はいまや全国でお馴染みスナックタイプの食品として広く知られていますが、その誕生地は梅の産地である群馬。そしてそれを開発したのは私たち赤城フーズなのです。

誕生のキッカケは梅の不作でした。

昭和44年(1969年)、群馬の梅は大不作となりました。漬物メーカーとして梅製品を手がけていた私たちにとっては一大危機。翌年春には深刻な原料不足となってしまいました。

この窮地を救ったのは農家の自家用梅漬でした。

群馬の山間部や長野県北部の農家にまで足を伸ばして駆け回り、梅漬を集めました。その努力の甲斐あってかなりの量を集荷でき、お客様のご要望どおりの商品を提供することができたのです。

失敗作?のなかに発見。ヒットの予感。

 初めて商品化されたカリカリ梅

その頃の梅漬は柔らかい梅が当たり前でした。しかし、その時集めた農家さんの梅漬の中に硬くてカリカリのものが3樽混じっていたのです。

「これは製品化に適さない、いわゆる失敗作ではないか?」と倉庫に放置されて1年。翌春、柔らかくなったかと開けてみると、なんとカリカリのままだったのです。

それを口にした当時の社長「松永秀雄」は、なぜか懐かしい思いにとらわれました。子どもの頃に食べた塩漬けしたての梅の味、カリッカリッとした歯触りの心地よさを思い出したのです。その気どりがなくて素朴な味わいに、商品化を決意しました。

早速この梅漬の出どころを探し、長野の山村に民間伝承される製法から生まれることを突き止めました。稲わらのすすから作った灰汁を使うと、自然の梅の硬さを保ち続けるというものでした。

梅漬の常識を覆して。新技術の確立。

昭和の包装作業風景

それを知った私たちは、「漬けこんでも柔らかくならず梅の硬度を保つメカニズム」を化学的に分析、そして研究を重ねました。試行錯誤の結果、カルシウムを使うと同じ結果が得られることを発見しました。カルシウムが梅のペクチンに作用して、梅の硬度を保つのです。

こうして私たちの研究室からカリカリ梅の近代的製法が確立され、製品化に成功しました。そして日本で初めて工場で生産されるカリカリ梅が誕生したのです。

時に昭和46年(1971年)、日本は高度経済成長期にあり、食品業界にも様々な分野でニューウエーブが誕生していました。柔らかい梅が当たり前だった梅漬が、カリカリの歯触りで登場したことによってカリカリ梅は、漬物業界の新風として世間に歓迎されました。

その後、個別包装のハーフドライタイプに進化し、大ヒット商品となったのです。

  • 甘酸っぱいカリカリ梅
  • しょっぱいカリカリ梅