群馬の梅と共に
~赤城フーズの歴史~
群馬で初めての漬け物屋
社名の由来は「赤城漬」
赤城フーズは明治26年(1893年)、前橋市にて「小田原屋」の屋号で創業しました。
私たち赤城フーズは群馬で一番歴史の古い漬物メーカーといわれています。
創業当時は漬物、佃煮、煮豆を造り商う小売店でした。
昭和初期の小田原屋
その頃の前橋は生糸で栄えていましたが漬物屋は1件もありませんでした。
漬物は買うものではなく、家庭で母親が作るものだったのです。
昭和38年(1963年)、当社が製造していた赤城漬(福神漬)のヒットにより社名を「小田原屋」から「赤城漬物工業」に変更しました。
赤城漬の木樽
昭和10年(1935年)に発売されたこの福神漬は大人気となり、お客様はいつしか私たちを「赤城漬さん」と呼ぶようになったのです。
そのことから、お客様にもっと愛される企業となるため社名を赤城漬物工業に変更しました。
そして平成5年(1993年)に100周年を迎えたことを期に、漬物製造業としてだけではなく食品製造業としてさらなる飛躍をするため赤城漬物工業から現在の「赤城フーズ」と社名を変更したのです。
元祖「カリカリ梅」
ヒットの背景
当社の長い歴史の中で特筆すべきは「カリカリ梅」の製品化です。
昭和46年(1971年)に全国で初めてカリカリ梅を開発製品化しました。
発売当初は「液漬けのカリカリ梅」として売り出され、人気を博しました。
ここからカリカリ梅の歴史が始まりました
その後、昭和50年代に1粒ずつに個包装したハーフドライの漬物としてデビュー。
「漬物はウェット商品」という常識を破り、新しい漬物として一層人気が高まりました。
初めての個包装のカリカリ梅は、邪気消滅・活力増進・無病息災・五臓調和・心身爽快という梅の五つの効能を「五徳」として掲げ、【梅ごとく】と命名しました。
「梅ごとく」かつてのデザイン
昭和59年(1984年)には製造技術および新製品開発の功績により、農林水産省食品流通局長賞を受賞、昭和63年度には全日本漬物協同組合連合会から「カリカリ梅の商品開発功労者」として表彰されました。
そして「カリカリ梅」は全国へと広まり、一大ヒット商品となりました。
その後も様々な「カリカリ梅」を発売。
甘さと酸味のバランスにこだわった「あかぎの甘梅」、お茶請けに最適な甘いシロップ漬けの「しそ甘露梅」、元タカラジェンヌの6代目が開発した、甘さの中にビター感を感じる「梅ジェンヌ」などバリエーションを増やしております。
生産量全国第2位
梅の名産地 群馬県
このように私たちは創業当初から漬物メーカーとして、梅製品を扱ってきました。
というのも原料の梅に恵まれていたからです。
梅の産地として名高いのは、ご存知の通り和歌山県。
そして生産量第2位として全国に誇れるのが、実は群馬県なのです。
榛名梅林の青梅
「小田原、熱海や水戸じゃないの?」と思われる方もいるかもしれませんが、それらの地域は「観梅」(花を見る観賞用の梅)がメインで、食用の梅の産地としては、群馬県が全国第2位、東日本では第1位なのです。
かつては「青いダイヤ」と呼ばれ高値で取引されていたこともあります。
群馬の梅は梅干用ではなく、干さずに液漬けにする梅漬用として、また加工用の青梅としての需要が主流で、皮が厚く果肉が硬めなところからカリカリ梅に非常に適しているといわれています。
ちなみに群馬三大梅林は榛名梅林・箕郷梅林・秋間梅林。当社では榛名梅林の梅を中心に使っています。